今回は「そもそも奥三河ってどこ?②」です。


①はこちら


「奥三河」とは?

奥三河は、旧三河国北東部の
山間部の総称である。

新城市(旧南設楽郡)、北設楽郡
豊田市東部(旧東加茂郡)辺りである。

東三河側は、新城市が中心。
かつては
設楽町北設楽郡の拠点で
県機関も設置されていたが、
昭和末期~平成初期の行政改革により
旧南設楽郡と共に新城市に拠点が集約された。

西三河側は、豊田市足助町が中心。

室町・戦国時代に、三河国渥美郡が、
奥郡と呼ばれていることが、
今川氏・徳川氏の資料で明らかになっており、

設楽郡すなわち奥三河なりという主張は
近年になって造作されたものである。

また、奥三河の呼称自体は、
許呂母;奥三河同人誌文学館;1900年 が
最も古く、豊田市の前身である衣を指していた。

しかしながら、天竜奥三河国定公園の指定以降、
南北設楽郡のみを奥三河と称すると言う
主張がなされるようになった。

引用先:奥三河(Wikipedia



なるほどー。



言語学をかじったことのある方は
お分かりいただけると思いますが、
ことばの定義や発音って時代と共に
変化していくものなんですね。

例えば「やばい」という単語が
昔は否定で使われていたのが、
現代では肯定で使われたりします。
「母」の発音は[haha]ですが、
平安時代は[papa]だったなど。

面白い(*゚▽゚*)! 

「奥三河」の定義も時代とともに
変化してきたのですね~。

ふむふむ。


前回、「そもそも奥三河ってどこ?①」を
まとめました。(詳しくはこちら


その時につかった「奥三河」の定義に
含まれる地域は奥三河観光協会を
参考にさせていただきました。
*HP
*Facebookページ


グラフィックス42
http://www.okuminavi.jp/access/




奥三河ガサゴソ旅女会では、
「奥三河」を広義に解釈して
ちらほら豊田市のことも出てくる
ことになるでしょうううう('▽'*)ニパッ♪

なんだったら、奥三河から派生して
三河(東・西)のことも紹介していく
予定です(´∀`)



私たちは
誇り高き三河人。



私たちは奥三河で出会いました。
地元は三河です。


奥三河でガサゴソしている旅人。
集合場所は奥三河。

ブログのターゲットは
奥三河の外にいる旅女。



私たちがそうだから(*'-'*)



このブログを発信するようになって

「田舎は楽しいことばかりじゃないよ。」

「いいことばかり言って誤解させる。」

と言われることもあります(*・ε・*)ムー


街も田舎も暮らしてみると
いい面、わるい面があるでしょう。

そこに住んでいる人にしか
分からないこともあると思います。

自分の経験からしか語ることが
できないものってありますよね。
経験が伴わないことばは
うすっぺらい。

人生、いいこと半分、わるいこと半分
どちらの経験も必要で
どちらの方向を見るかは自分次第です。

私たちは奥三河の外から
私たちの経験を通して
私たちが楽しい!大好き!と感じて
まわりの人と共有したいことを
ポジティブに
勝手に
発信していきます(´∀`)


以上、そもそも奥三河ってどこ?②でした。

しぶりん



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